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岡山地方裁判所 昭和56年(ワ)564号 判決

原告

三木政男

ほか三名

被告

コーワン株式会社

ほか一名

主文

一  被告らは各自、原告三木政男に対し、金二三四万九七三二円、原告三木英明、同三木信吾、同三木伸彦に対し、各金八四万九六八二円ずつ及び右各金員に対し昭和五五年一〇月一六日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その一を被告らのその余を原告らの負担とする。

四  この判決は右一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自、原告三木政男に対し一六〇一万五一四〇円、原告三木英明、同三木信吾、同三木伸彦に対し各二六四万四四四四円ずつ、及び右各金員に対する昭和五五年一〇月一六日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

(請求原因)

一  本件事故

日時 昭和五五年一〇月一五日午後二時五分頃

場所 岡山市下石井二丁目一〇番一号先交差点(以下「本件交差点」という。)

加害者 被告今田順二運転の普通貨物自動車(以下「被告車」という。)

被害者 三木千恵子(以下「被害者」という。)

態様 信号機による交通整理が行われている本件交差点の横断歩道を西から東に横断していた被害者と、右方から進行して来た被告車とが衝突

被害内容 被害者は脳挫創、頭蓋骨骨折により即死

二  責任原因

被告今田順二は、被告会社の従業員であつて、本件事故の際にも被告会社の業務のため被告車を運転していたものであつて、被告らは自賠法三条にいう運行供用者として、損害賠償義務がある。

三  相続

原告三木政男は被害者の夫、その他の被告(編注:原文ママ 「原告」と思われる。)は被害者の嫡出子である。

四  損害

1 被害者自身の損害

(一) 金四〇八八万五四一七円 逸失利益

被害者は死亡当時六三歳一〇か月であつた。厚生省大臣官房統計情報部編「昭和五三年簡易生命表」によれば、六四歳の女性の余命は一八・三〇年である。被害者は非常に健康であつたから、今後七後間は死亡当時と同じように働くことができたと思われる。被害者は夫である原告三木政男を助けて家業に専念して来た。原告政男は一五歳の時から山林伐採、製材、木工等の仕事をし、父の残した一万円の借金を三二歳までかかつて完済した。被害者は昭和一二年政男が二八歳の時に政男と結婚して政男を助け、死亡の時までかわることがなかつた。政男は昭和二九年岡山市に移住しフローリング(屋内体育館の床板)の製造販売業を営み利益をあげた。岡山県内の学校の体育館の床板の八割位を政男が納入した。その営業の傍ら政男は建築業をも営み昭和五〇年頃には三木産業株式会社を設立した。会社から受ける月給は政男と被害者とは同額で五万五〇〇〇円である。株式会社といつても資本金は二〇〇万円に過ぎず政男の個人会社である。被害者は結婚以来四〇年間毎日午前六時に起床し、盆正月でも休まなかつた。政男の営む事業において、被害者は金融関係、金銭出納の仕事を受持ち工場の仕事においても政男の片腕となつて働いた。フローリング製造では材木を乾燥させるのが一番大事な仕事であつたが、そのため毎日乾燥釜をたくのは被害者専属の仕事であつた。

被害者死亡前一五年間に政男或いは三木産業株式会社は岡山市、倉敷市などにおいて土地を購入し、その地上に建物を建築したのであるが、その筆数、面積は次の通りである。

(イ) 岡山市内

(政男所有)

宅地 三筆 面積 一八二七・三八m2

建物 二筆 面積 七〇七・〇八m2

(会社所有)

建物 二筆 面積 八五四・七四m2

(ロ) 倉敷市内

(政男所有)

宅地 五筆 面積 一五六〇・九六m2

建物 四筆 面積 一七五四・三七m2

(会社所有)

宅地 七筆 面積 一二一二・四八m2

右の宅地、建物の時価は一平方メートル当り最低三万三〇〇〇円であるから、右宅地、建物の面積合計七九一七・〇一平方メートルの時価は二億六一二六万一三三〇円となる。右宅地、建物の中には三木産業株式会社所有名義のものがあるけれども、会社は原告政男の個人会社であるから、右宅地、建物はすべて原告政男所有と考えてよい。しかし、この財産は被害者の献身的な協力があつたから出来たのである。名義は原告政男や右会社の所有となつているが、実質的には同原告と被害者との持分の等しい共有物と認むべきものである。つまり、被害者は一五年間に右金額の二分の一である一億三〇六〇万円を稼いだことになる。一か年当り八七〇万円である。この収入は被害者が肉体的労働によつてあげたものではない。原告政男の事業の金融面及び経理面を担当し、事業の企画に参画することによつてあげたものである。六三歳一〇か月から七〇歳一〇か月に至る七年間は、そのような事業経営面においては益々円熟し、従来にまさる働きのできる時期であるから、被害者はその間過去一五年間の平均を上廻わる収入をあげるに違いないと考えられる。年収八七〇万円から生活費二割一七四万円を控除すると一か年の純収入は六九六万円となる。この年収からホフマン式計算法により一年毎に年五分の中間利息を控除して計算すると、被害者の逸失利益の現価は、別紙計算表の通り四〇八八万五四一七円となる。

(二) 金五〇〇万円 慰藉料

被害者は、なお二〇年近い余命を残し、死亡当時非常に健康で夫たる原告政男の事業を助け順調な経営成績を挙げており、夫や子供達との仲も睦まじく事業成功の期待に満ちて働いていた。それを被告今田の信号無視の暴走という言語道断の行為により即死せしめられたのであるから、その無念は察するに余りがある。その口惜しさは金銭を以つて慰藉することは不可能であろうが、他に方法がないから五〇〇万円を請求することとする。

(三) 合計金四五八八万五四一七円

2 原告らのこうむつた損害

(一)  原告三木政男

(イ) 葬儀費 三五万円

(ロ) 治療費 三万一〇〇〇円

(ハ) 文書料 一六〇〇円

(ニ) 慰藉料 金五〇〇万円

原告政男は被害者を心の底から愛していた。被害者は前述のように原告の事業上の片腕であつた。被害者の死による原告の精神上の苦痛は筆舌に尽くし難いものがある。慰藉料は最底五〇〇万円であろう。

合計金五三八万二六〇〇円

(二)  他の原告三名

慰藉料 各金二〇〇万円

3 損害の填補

原告らは自動車損害賠償保障法により保険金合計一二二二万二六〇〇円の支払を受けた。その内訳は次の通りである。

逸失利益 金四五九万円

本人慰藉料 金二〇〇万円

遺族慰藉料 金五〇〇万円

葬儀費 金三五万円

治療費 金三万一〇〇〇円

文書料 金一六〇〇円

その他 金二五万円

そこで、これを前記各原告の請求損害額に充当する。充当の仕方としては、1記載の被害者の逸失利益と慰藉料との合計額から右逸失利益及び本人慰藉料としての支払額を差引き残額を相続分によつて除する。遺族慰藉料として支払われたのは原告政男二〇〇万円、他の原告三名は各一〇〇万円であるから、各人請求の慰藉料からこれを差引く。葬儀費、治療費、文書料は全部支払済である。その他の分は各原告らから相続分に応じて控除する。そうすると、各原告の請求し得る金額は次のようになる。

(一)  原告政男

金一六〇一万五一四〇円

(二)  その他の原告三名

各金九六七万六七五九円

五 よつて、被告両名に対し各自、原告政男は前項記載の全額その他の原告らは前項記載金額の内金二六四万四四四四円及び右各金員に対する本件事故の翌日である昭和五五年一〇月一六日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求原因に対する認否)

一  請求原因一ないし三は認める。

二  請求原因四1、2は否認する。同四3のうち原告らが保険金一二二二万二六〇〇円受領したことは認め、その充当の方法は争う。原告らの(被害者の損害を相続したものを含めて)総請求額から控除すべきである。

(抗弁―過失相殺)

被告今田順二は被告車を運転して本件交差点にさしかかつた際、該交差点の停止線手前約三〇メートルの地点で同交差点の信号機が黄色の信号を表示しているのを認めたが、いわゆる全赤の間に交差点を直進通過しうるものと判断し、時速約三〇キロメートルでそのまま進行したところ、おりから、同所横断歩道を自己進行方向の信号が赤にもかかわらず信号無視して小走りに横断中の被害者を約三・三メートル前方に認め、急停止処置をとつたが間に合わず本件事故に至つたものである。

本件事故の発生につき、被告今田順二の過失を認めるに吝かではないが、歩行者たる被害者とて信号を無視してよいはずはなく、どちらも赤で進行していたために惹起した本件事故の責任は五分五分に負わなければならない。

(抗弁に対する認否)

否認する。

被害者は青信号で横断を始めた。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。

二  過失相殺の抗弁につき

1  成立に争いのない乙第四・五号証、第一三・一四号証、第一七ないし第一九号証、第二一号証、第二三ないし第二五号証、証人大倉義幸の証言、被告今田順二本人の供述によれば次の事実が認められる。

(一)  本件交差点の南北道路は全幅員二六メートル、片側三車線、中央に幅二メートルの中央分離帯が設置してあり、これに東側から幅員約八メートルの市道が交差している。

(二)  本件交差点の南側入口に横断歩道が設置されており、南北方向に対面する信号機の表示時間は黄色三秒、全赤二秒である。

(三)  被告今田順二は、本件交差点に向かつて、南方から片側三車線のうちの中央の車線を、被告車を時速四〇ないし四五キロメートルで運転してきたところ、本件交差点の対面信号が黄色の表示をしているのに気がついたが、いわゆる全赤の間に通過し得るものと考え、そのまま進行しようとした。ところが、右側車線(道路中央寄りの車線)の車が中央車線に進路を変更しようとする気配を認めたので、同車の動勢に注意を奪われ、足からアクセルを離してエンジンブレーキのみで減速し、ややハンドルを左に切つて、同車の右側方を通過したところで、前方を見たところ、本件交差点入口の横断歩道を西から東に向け横断中の被害者を三・三メートル手前に発見したが、回避措置がとれず、そのまま被告車右前部を同人に衝突させた。

(四)  右衝突地点は、左側車線(歩道寄りの車線)と中央車線とを区分している道路表示を北方に延長した横断歩道上で、歩道端から五・二メートルの地点である。

(五)  右衝突時、被告車はエンジンブレーキによりある程度減速されていた。

(六)  被告車が横断歩道上に至つたときには、既に左側車線と右側車線に停車中の自動車が存在した。

以上の事実が認められる。

2  そこで、被害者に赤信号の際既に横断を始めた過失があるかどうか検討する。

(一)  前記乙第一八号証、第二一号証、第二四号証、証人大倉義幸の証言によれば、大倉義幸は、被告車の後を、車間距離約一〇・二メートルあけ、進行していたところ、右大倉車が本件横断歩道の手前約七九・五メートル、被告車については約六九・三メートルの地点で、対面信号が青色から黄色に変つたことが認められる。

右認定事実に基づき、被告車の平均時速を四〇キロメートルとして(前記1(三)、(五))計算すれば、右黄色に変つた時点から約六・二四秒後(六九・三÷((四〇〇〇〇÷六〇÷六〇)))に本件事故が発生したことになり、黄色と全赤の表示時間は五秒(前記1(二))であるから、本件横断歩道の歩行者信号が青に変つてから一・二四秒に本件事故が発生したとの計算結果となる。

(二)  右計算結果に証人奥津季子の証言(その要旨「歩行者用信号が青に変つて後、『いち』『にい』と数える位の短い時間に本件事故の衝突音を聞いた。」というものである。)及び前記1(四)、(六)認定事実を総合すれば、本件事故が発生したのは歩行者信号が青に変化してから約一秒程度後であること、被告車は全赤信号の際、左側車線に車が停車していたこと等で、既に横断を始めていたことが認められる。

(三)  被告今田順二本人は「横断歩道約三三メートル手前で対面信号が黄色になつているのを見た。青から黄色に変化したときも、その後の信号の表示も見ていない。」との旨供述(なお乙第四号証、第一三・一四号証、第一七号証、第二三号証、第二五号証参照)するところ、右供述どおりとすれば、黄信号を見た時から約三秒後(三三÷((四〇〇〇〇÷六〇÷六〇)))に本件事故が発生したことになり、全赤期間が二秒であるから、同被告が黄色信号を見た直後に赤に変つたとすれば、歩行者信号が青になつて一秒後に、本件事故が発生した結果となり、同被告本人の供述は前記認定と矛盾するものではない。

なお、前記認定に反する証人石井秀明の証言は、前記乙第四号証によつて認められるところの被害者の転倒による擦過痕の位置や証人大倉義幸の証言に照らせば到底信用できない。

その他前記認定を覆すに足る証拠は存在しない。

3  以上の認定事実によれば、本件事故の発生には、被害者にも、歩行者信号が青になる以前歩行を始めた点過失がある。

しかしながら、本件事故時そのものは、歩行者の信号が青に変つて一秒後であること、被告車は横断歩道手前で停車するだけの十分すぎる時間的余裕があるのに、しかも、左側、右側車線には信号に従つて停車している自動車が存在するのに、赤信号で横断歩道に進入したのであつて、被害者の過失に比べ被告今田順二の過失ははるかに大きく、その過失割合は被告今田順二が八五パーセント、被害者が一五パーセントと解するのが相当である。

三  損害

1  被害者の逸失利益 五二九万六一六八円

成立に争いのない乙第一〇号証によれば、被害者は本件事故当時六三歳一〇か月であつたことが認められ、本件事故で死亡しなければ、なお七年間は就労が可能であつたと考えられる。

そこで、被害者の年収額につき検討するに、原告は右額が八七〇万円である旨請求原因四1(一)において主張するが、そもそも逸失利益とは被害者の収入見込みを算定するものであり、その推認資料として事故時点の収入を用いるのであつて、過去の事情が原告の右主張どおりであつたとしても、そのことから直ちに将来の年収を推認することは難しく、他にこれを推認するに足る証拠はない。

そこで、昭和五五年度賃金センサス第一表産業計企業規模計、学歴計の六三歳の女子労働者の平均年間賃金一七六万七九〇〇円を用いることとする。そして、生活費控除四〇パーセントとして、就労可能年数七年間のホフマン係数五・八七四を乗じ、これに被害者の過失割合を減ずれば、被告らの賠償すべき逸失利益は次のとおり五二九万六一六八円となる。

一七六万七九〇〇円×(一-〇・四)×五・八七四×〇・八五=五二九万六一六八円

2  葬儀費、治療費、文書料等 三二万五二一〇円

弁論の全趣旨によれば、原告三木政男が被害者の死亡に伴い、葬儀費三五万円、治療費三万一〇〇〇円、文書料等一六〇〇円を支出したことが認められる。そこで右合計金額から被害者の過失割合一五パーセントを減じた額三二万五二一〇円を原告三木政男自身に生じた損害とする。

3  慰藉料

成立に争いのない乙第二〇号証、原告三木政男本人尋問の結果、弁論の全趣旨によれば、被害者と原告三木政男は結婚以来、長年に亘つて、辛苦を共にしてきており、被害者が本件事故によつて、突然死亡したことは、被害者にとつても、原告ら特に原告三木政男にとつてもさぞ無念であつたろうと考えられる。そして、被害者の子供(原告三木政男以外の原告ら)は既に成年に達していること、被害者の前記過失割合、その他一切の事情を考慮すれば、被害者自身の慰藉料四〇〇万円、原告三木政男固有の慰藉料三〇〇万円、その他の原告ら固有の慰藉料各一五〇万円と認めるのが相当である。

四  損害の填補

原告らが自賠責保険から合計一二二二万二六〇〇円の支払を受けたことは当事者間に争いがない。

五  以上の事実によれば、原告らが被告らに対して請求し得べき金額は次のとおりとなる。

1  原告三木政男 二三四万九七三二円

被害者の逸失利益五二九万六一六八円と被害者の慰藉料四〇〇万円の合計額九二九万六一六八円の相続分である三分の一を乗じた額三〇九万八七二二円及び原告三木政男自身の損害(葬儀費等)三二万五二一〇円と慰藉料三〇〇万円の合計額六四二万三九三二円から原告らが受領した自賠責保険金一二二二万二六〇〇円の三分の一である四〇七万四二〇〇円を減じた二三四万九七三二円

2  他の原告ら

被害者の逸失利益と慰藉料の相続分である二〇六万五八一五円に同原告ら固有の慰藉料一五〇万円を加算した三五六万五八一五円から自賠責保険の受取分(各九分の二)二七一万六一三三円を控除した各八四万九六八二円

六  よつて、原告の本訴請求を主文一項記載の限度で認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 東畑良雄)

計算表

〈省略〉

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